2007年12月

2007年12月05日

─ラクダに乗って (9月12日)

日の出ラクダに乗って








9月12日
夜中寒くなり、マットを引っ張り、テントの中で寝る。
朝起きるとすぐ日の出を見に行く、鮮烈な感じではない。
朝食は、パンのみを食べ、迎えに来たラクダに乗り、隊商のように繋がれて
歩くのだが、砂丘の砂のみの中を通ると、まさに ‘月の砂漠を、はるばると−-’の世界である。最初はいい感じであるが、2時間歩くと長くて堪能する、というか、股を開いているせいで、その股の筋肉が痛くなり、降りたくなる。
最後砂漠の入り口で、ラクダが馬に驚き、逃げようとして隊列が乱れたが、K氏の冷静な制御で事なきを得た。待つ事暫し、4WDが来て、元のホテルまで戻る。
無償提供の部屋で着替えを済ませ、シャワーを浴びた。
意外とこの事に時間がかかり、12時近くになり、ガベス行きがなく、途中の街までしか
行かないってことだが、一緒の女性に引っ張られて、それにした。
人数が集まるまでルアージュは、走り出さない。スピードは速く、走ると涼しいが、
止ると暑い、割合早く途中までは行ったが、そこからガベスが集まらない。
‘gabez, gabez’ と男の連呼が聞こえるが、中々ルアージュの座席が埋まらない。
待つ事しばし、間にバナナを食べる、漸く走り出す。
結構スピードが速く、うとうとしていると、車が止った、何とガベスに着いた。
列車の発車の4時まで時間が1時間以上もあり、またもや若い女性の主導で、スタスタ
歩き出す、適当な店もなく、暑い中、漸く食べれそうなスタンドバーの様なのが見つかり
何やら挟んだフランスパンを食べる。大きすぎて、適当に切ってもらうが、ボリュームが
ある、一切れ残し、駅舎まで戻り、値段も安いので、一等って事になる。
4時にスタートし、途中海岸を見ている間は良かった、途中の駅で女性は降り、2人だけになり、暫くすると日が落ち、6時間以上かかり、10時半位に到着する。
途中 生命保険のお姉さん連中が隣の席で、延々喋くり、漸く駅につくが元気で、
こんなにも多くの人がこんな時間に列車で駅に着くのが不思議である。
夜は長い。タクシーを見つけて即乗り込み、無事ホテル近くまで行き、そこから徒歩で
フラットに入る、そぉーと音を立てないように部屋に入り、衣類を着替えシャワーを浴び、
居間に行くと、H氏の伝言があり、‘安部首相辞職’と買い物の言伝があった。
長い1日で、概ね大きなイベントは、終わった事になる。
今日一日で、砂漠の入り口の深南部から海近くの北の市内に戻った事になる。
無事2人が戻った所でほっとして、ぐっすり眠りにつく。



dohongrose27 at 15:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 

Д鼻璽困粒后 9月11日)

ドーズの街スリッパ屋









9月11日
朝食はクロワッサン、ゆっくり散歩する。
動物市場に行く、メディアにあり、真ん中で牛でも売買するのだろうか、
そんなもんでなくて、ラクダでしょうか、平日でもあり、なにもない広場である。
周囲に店があり、冷やかす。
K氏 早速 皮のスリッパを買う。中々いい材質で、いい仕事をしている。
職人らしく、誠実である。
ここは、革製品、履物の生産地である。
少し見ていると、店の男が、中に招きいれ、サハラ砂漠の地図を見せて、
4WDで、砂漠を走破し、食事もいれ、オアシスからオアシスに移動して、
ガベスに行くツアーを、DN350(急ぎ)DN450 (ゆったり)を提案してきた。
これは、砂漠ツアーなるものを、将来組める事になる。
夕方たった10km程度を4wdで走っただけで、気持ち悪くなり、
ダカールラリーなんてものは、全く興味なくなる。
何でも体験である。





メディナホテル 中庭







部屋砂漠の上で







暑いので、宿に戻ると、日本人らしき小柄な女性がいて、ジャパニーズと聞くと
そうだとのことで、夜行で来て、ツアーに申込み、夕方まで、無料で部屋を貸してもらい、昼寝ができるという幸運さによろこんで煙草をスパーと吸っていた。
洗濯しても、暑いのですぐ乾く。
今日は出発まで部屋を交換してくれって事で、階下に変わるが、シャワー室が近く、
ここでのシャワーが広くていい。夕方までのんびり過ごして、ホテルで働いている
黒人男女とも親しくなった。背の高い男は、カンフーと日本人がごっちゃで、
!アチャ-オチョー!と言ってやると喜んでいた。それ以降会えば アチョー が
挨拶である。逆に あのアチョー男しか、ドーズでは思い出さない。
昼食を取りに、3人で街に出る、といっても2軒しかなく、1軒は、あのうるさいお調子もの黒人の為、別の1軒に行く。有名なクスクス料理である。
食べれた代物でなく、動物の餌のようなもので、ジャガイモのみ食べた。
かの女性は、美味しそうにパクパク食べていた、それ程空腹だったのでしょうか。
またホテルに戻り、ひとしきり話をして、ぼっと過ごす、相棒は、ベッドで眠っている。
夕方6時になり、やっと出発準備で、小さなロビーで、またひとしきり待つ。
日本人と思しき若い人が参加するが、あまり話さない、そこに あのアチョーが来て、
彼にも揄うが、わからないという事で相手にされないので、不思議がっている。
そんなの言うのは、僕みたいなおっちゃんしかいないのだ。
K氏が話し掛けて、日本人という事になり、総勢4人の貸切で出発、
途中大きなホテルの邸宅のような一群を通過すると、ラクダの一群にあたり、欧米人が
たくさんいる。そこから10km程度の正にサハラの入り口、かかりで、テントを通過。
砂漠に車を止めて、皆で砂漠遊びをすることになる。のんびりした白人で、気楽にここで商売しているが、楽なもんである。
段々と日が暮れてくるので、また元のテントに戻り、そこが宿とのことである。
ここですか? 近すぎる!
運転手の白人は、早くも帰る。
あとは、ベルベル人のお爺さん1人で、ソファーやベッド、食事を作ってくれる。
日が落ち出しだので、サンセットを皆で先ほどの砂漠のところまで行き、
サンセットを撮る。太陽を後にして撮ると、黒いシルエットが浮かびいい写真になると
フランス在住の若き物理学者が教えてくれる。
そんなこんなで、日が暮れ、満天の星をながめ、またクスクスを食べ、
テントの中に入らず、ずーと外にいて、空を見続けた。
食後 甘いお茶を振舞われ、老人の楽器で、物悲しい歌を聞くことになる、
そのうち 踊りを奨められ、一人 アンコールワット踊りと天神踊りを
汗まみれで踊り、夜はふけていった。




太陽を背に、黒いシルエット4WD




dohongrose27 at 15:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)