2005年09月09日

サイゴンに着く 1st night4

558a9bdc.jpg9月23日(木)
サイゴンの空港を出ると、N氏(同行の人)の解説によると、どっと人がたかってくるという事でしたが、拍子抜けするほどのレベルで、1983年の西アフリカの空港を思い出させるフラットな空港、待合であった。

空港の前の 駐車場あたりに、バスが来る事を informationに確認しておいた、
タクシーに乗っても$8程度との事だが、道端に座りバスを待つ事しばし、がま口を前にさげた女性車掌付きのバスが目の前に来た、バスのナンバーは、#152、市内までは、2000ドン(=14円)である、45年前の大阪のバス、料金の再現である。昔の貨幣価値を知っているので、全く違和感がない。

市内までの道路は、広く感じ 8km程度の距離だが、車は少なく、殆どバイクである、ソウルの郊外の小さな町を彷彿とさせる、最近では1999、2001とソウルに立ち寄ったが。

皆 マスクをつけて乗っている、バイク公害であろう。一方通行の道である。
街の雰囲気がのんびりしていて、暑さ30度くらいで、皆一様に いい顔をしていた、
一度に好きになった。

バスターミナルのある、市内中央で降りたところで、地図を見て、場所を聞いていると、歩き出してから、相棒が デジカメをバックの後ろのネットにいれてあったのを、やられた事に気づき、1200枚取れるというカメラで、バカバカとっていた写真がなくなったのが悔しい。
Damn it!! アジアは油断がならない。

この事のお蔭で、人ごみに出ると、片バンドの小リュックを前に、財布を2つのチャックの中の奥のポケットに入れ、必要分をズボンの前ポケットに入れ、
支払いは、そこから出し、小銭しか見せない。
チャックは、日本製は何故か2個ついていて、両方から開けられる、これが危険で開けられやすいので、2個とも常に下に下ろし、開ける時は下から上に開けるようにする。

歩いている時、レストランの食事の支払い時、常にこのチャックの位置、財布の確認を常時していた、お蔭で 被害にあわなかった。
アジアの人は、日本人の持ち物、動作を常に見ている。ビジネスでは、味わえない気の使い方である。

ホテルまで歩く、地図を見ていると シクロ≪人力車の叔父さん≫が、寄ってくる、わけのわからない日本語、会話はできない英語、地図は見せても無駄(英語が読めない)人が集まると、常に 一人が、地図を持っている人の荷物を取られないか観察、旅行者気分になってともに地図に熱中するといけない。
人は、全く信用できない。

Asian ホテル (ネットで、4200円、twinの為 2100円each、朝食付き)
この価格も、かなり高い事を翌日知る。
朝食といっても、何のことはない、サンドイッチと紅茶で、レストランで200円程度、紅茶だと40円程で、欧米流の朝食付きは、割安でもなんでもない。
ホテルに関しては、少し心配したが、safety box に、パスポート、air chiketは、預けられた、
欧州方式で、金属製の箱に 封筒を入れ、keyをして、こちらに手渡してくれる。
この国では、海外渡航も多くなく、パスポートの盗難は危険性なさそう。
日本円と、台湾通貨の残りは、封筒に入れ、目の前で、金額を記載して入れた。
ホッチキスで 其の封筒を止める。
一度 引き出して 確認したが、問題は なかった。

部屋に入ると、TVは、今回見れる事確認、シャワーも出が悪いが、湯が一応出る。
昼間暑いので、早速 ベッドでひっくり返り、休憩。
ドアを開けると即右側にべッドで、枕と頭があるのは頂けない、何も考えないベッドの配置。街の目抜き通りにあるが、このホテルは大した事なし。

一人で周囲を早速散策、財布一つになったので、お金を分散して、街に出る。外は 土砂降りである、これがスコールなのか、道路わきに水が溢れている、川が流れていると言ったほうがいいのか。これから毎日夕方4時頃会うことになる。

横にマッサージの美容院のような、きれいな女性を手招きしてくれるので、ドアを開けて何をしてクレのか尋ねると、洗髪マッサージで、$3.50との事、安さと美人に心揺れるが、相棒がいるので遠慮する。
そのあと、百貨店に入り、うろうろする。
気に入りの時計は取られるとまずいので持参せず、不自由する、
台北でも、ホーチミンでも部屋には時計がない、街には時計が見えない。
10ドル程度の安い時計を頼んでも、熱心で親切である
物の値段をあらためて考えさせられた、日本は高すぎる。
デジカメが 先の紛失を気にして、価格チェックすると、日本と変わらない 大変な45万ドンという驚くべき値札である。
売り場の女性が、10代の少女のようであるが、実際は、20歳越えているそうである。なぜか初々しい。

部屋に戻り、早速二人で 街をぶらぶら、4時頃 ベトナムうどんを食べる、静かな暗い落ち着いたレストランである、持って来るお手拭は、使うと有料、色んな小鉢も持ってくるが、全てサービスでない、しっかりしている。昔の大阪の商売人である。
隣に カップルが幸せそうに、ヌードルを食べている、こちらでは いい給与の人たちのようである。
ヌードルは、韓国のれーメンの暖かい版である。
2人で、ビール、紅茶とヌードルで、75000ドン(=550円)高級店である。
屋台だと推定 2,3000ドン(2,30円でしょう)

道路を 一人で横切るのは、一斉にバイクが向かってくるので、かなり勇気がいるが、慣れとは怖いもので、二日目には慣れ、三日目には 強引に、バイクと勝負すると横切れます。
ジーと、バイクの運転手の動きを、左に見ながら、絶妙のタイミングを見はからう。
慣れると、おばちゃん、年寄りをケアして、横切ったりした。地元の人も渡れないわけです。
街には信号が殆どなく、自然に交通が流れているのが不思議で、信号もいらないのかもしれない、渋滞はかえってない。

シクロ≪人力車≫が非常に少なくなってきたそうで、国の指導で、観光客に、ぼらない国のイメージを作ろうとしているようである。
水上レストランを、川の近くに見に行った。
ここにも貧しい少年が、群がってきたそうだが、この時は全く居なかった。
トイレを使うと、使用料を請求するおばはんがいた。

日本人が経営するという喫茶店で、アイスクリームを食べる、69000ドン 少し高い、
殆ど客はいない、其の割りに従業員が多すぎる。
2Fから、バイクの群れを 長い間見ていた、飽きない情景である。
台湾の昔を彷彿とさせる、一家3人、4人がバイクに乗っている。
ホーチミンは、女性のオフィスの勤務が終わる頃、男性が外で待っていて、そのあと、二人で、市内をバイクで走り廻ることが楽しみだそうである。
夜は だから バイクだらけである。公園でもカップルがいる。結婚するまで、バイクか、公園しか過ごせないようである、儒教の精神が生きているのでしょうか。

この夜は、ケーキ屋らしき店で、ケーキとパンを買って帰り、紅茶のポットをルームサービスしてもらう。(大きなポット 2万ドン=140円)十分堪能した。お茶は最も好きなので家にいる感じである。
明日からの部屋代を交渉すると $35−に下がった。
サイゴンの第一夜は、かくして 眠りについた。


dohongrose27 at 14:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 

2005年09月08日

大阪 → 台北 (サイゴンへ)

ae852802.jpg9/22/04 
Osaka → Taipei → Saigon
空港の出発カウンターの待合に座ると、そこは時間が停止し、世界へのどこでもドアにかわる空間である。

座席に座るといつも世界の地図を見るのが習慣で、気持ちがたかまる。
20〜30%の乗客で、快適この上なく、2:30pm前に(日本時間 3:30pm)台北到着し、教えてもらったバスを探すことから始まる。

前回の米国と同じで、若い友人との2人旅である。

個人旅行では、誰も待っていない空港を リュック一つで、即出口を出る。

出口を出ると正面に、アジアで最近多い インフォメーションの女性が出迎えくれる、色んな情報を英語で聞く バスのサービス∋間C傭吻ぬ晶蠅離好櫂奪箸粒稜
バッグの財布の所在をチェックし、お礼を言って、money change で$50 を NT$(台湾円)に変え、チケット売場に来る。
行き先の 停留所 Leo Foo (六福客銭)を 告げて、NT$135 x 2枚を支払い【往復900円】、暫く待ってバスに乗り込む、バス停の位置が換気が悪く早く乗り場で待たないほうがいい。

ホテルの行き方は、知り合い現地のS氏に聞いていたが、実際我々だけで行くとなると不安はある。 唯その安さと次の場面ば、予測できないバックパッカーの体験は魅力である。
バスに乗り込むと全員台湾人で、バスの運転手さんにも降りる停留所を告げておく。
近くの乗客にも声をかける。 

これまで外国の空港でアナウンスを聞き逃すのを防ぐため、隣の人と友人になっておく事が多い。

バスが空港を出ると、桃園のうっそうとした緑、田畑、汚れた車(10年前より車はきれいになっている)が目に入り、高層の住宅群が多いのを知る。
昔ながらの古いビル群も現れる。高速の出入口は、昔と同じであった。

バス停を降り、明日出発の朝のバスの時間を確かめ、地図を見ながら Leo Fooを探す、元々11個目のバス停だが、4つ目で降り、循環する反対廻りの方向に歩く、
最上階が中国風の屋根の伝統的ホテルという事で、チェックインのフロア−はいい。
Three starの高級ビジネスクラスであろうか。十分のレベルである。飲茶の有名なホテルである。
Apple world(ネット)で予約した、twin bedの確認したが、twin or doubleで, appleとはメールでもめたが全く問題なく 2人一部屋でOKで、7200円で済む。

そこから一時間半程度check in後、散歩した。空港から4、50分でホテルについたが、1時発関空で、3時半に空港着、時差1時間で、2時半到着だったが、故宮博物館に入るには4時前で、本日無料のガイドブックを空港で頂いたが、間に合わない。
関空発10時くらいのでないと、一日では、市内観光は楽しめない。
行天宮という、台湾式お寺があり、多くの中国人がお参りに来ていた、やはり仏教の国である。最も落ち着き、中国の文化を感じた。
最近、お経や宗教に興味を抱く。

台北へは、前回1990年、それ以前に1980年から何回か訪れたが、ビルが高く、大きく多い、バイクが減り、乗用車が増加と かなり進歩していた。
Seven eleven があちこちにあり、日本と変わらない、同じ文化圏をあらためて感じた。全く安心な都市である。

S君が、台中の出張帰りに、7時半にホテルに来てくれ、日本人が多い台湾料理の店に連れて行ってくれた。
メールでは、伝わらなかった気持ちが大いにわかり、今も友情を抱いていてくれた事に感謝した。食事をご馳走になっただけでなく、台湾流の接待で、中国式喫茶、一人
1000円くらいの貴重なお茶を楽しませてくれた。
お茶が極めて私は好きで、贅沢さを感じる。

経済環境が変わった今となっては、日本でもこんな接し方をしてくれないであろう。
S君も年齢が行き、話の度に、こちらの話の理解度に人間的成長を深く感じたひと時であった。
すぐに理解できる感性を持ち、仕事観、人生観、価値観と共通のものが多く
会えなかった10年間を見事にうずめてくれた。

小生の退社後のこの5年間の経験も高く評価していて、内心驚いた。
彼の男らしさ、忍耐強さと 年の差を越えて尊敬できるものがあった。
美味しい台湾料理を体験。糖尿の為 紹興酒は控えた。

翌日朝早く7時前位のバスで中正空港に向かう、道中 台湾の空港で働く女性と
英語で話す、英語は上手で、一人で、マンションに住み15坪ほどで、2000万と聞き
驚いた。英語のコミュニケション能力中級以上の人は、精神的に非常に楽である。アジアの人は一様に英語力がなく、意思が伝わらないのがもどかしい。


dohongrose27 at 17:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0) |